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シネマ・リハビリテーション

30歳になって感性が変わったのか、映画が見れるようになったので、せっかくだし、作文以下の感想を書いていきます

『ハピネス』(1998) :: 「隣人を愛することができるのか」という問いを突き付けるブラック・コメディー

 いやー、最高ですよ。しかし、この映画を最高だと言って憚かる人間とは決して友達にはなりたくないという複雑な思いをする映画でもある。心情としては胸糞が悪くなるけど「あれ、意外と悪くならないだけマシじゃね?」と思う意味で、こいつらは幸せなんだということにも気が付かされてくれる。えっ、だってもっとヤバい状態、いくらでもあるもの。

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 あと、基本的にヒューマンドラマを裏返すことによって成り立っているため、だいたい「ほわほわとしたラブコメ風BGM」というのが流れるんだが、そういうBGMが起きると、たいてい「あ、ちょっとまって、悪いこと起きるよね」という気持ちが段々と刷り込まれてくる。ホラー映画でも、何か起きそうなときにBGM流れるでしょ。ああいうBGMに聞こえてきて、良さげなBGMが流れると「やめてください!」みたいな気持ちになる。

 もういいや。ダイレクトにいっちゃおう。綺麗に言うと「孤独と愛」の物語である。しかし、この映画において「孤独と愛」と言ってしまうのはウソだ。だって別にこの登場人物全てに全く「愛」というのを感じられない。「愛」とは何かといっちゃうと「隣人を愛せよ」という、よく聞くあの一言に尽きる。つまり、この映画には不気味な程隣人が存在しないという不思議な構成になっている。だから、この映画は「性快楽」というものを剥き出しに書いている。

 もうちょっと露骨に言うと「オナニー」だ。だから、最後のシーンで何を暗示しているかはわかるだろっていうことだ。

 全ての登場人物について、「あ、駄目だ、なんか同情出来ない」という変なオーラがつきまとっている。それって何かなーって考えると、基本的にこの映画、「誰のために」みたいな価値観が不在しているんですよ。誰かを助けるとか、助けないとかいう感じがないわけです。だから、誰がいなくなっても気にしないし、殺されても気がつかないし、レイプされてもいいわけですよ。

 いや、細かく見ていけばあるっちゃあるんですけど、あとの行動によって「お前の私欲じゃねーか」みたいな、そういう風に「親切心」みたいなのが、単なる「性欲」に見えちゃうようになっている。これが嫌な気持ちになる原因。つまり、「現代人の孤独を照らし出している」ってしたり顔でいっても、「こんな奴ら、孤独であって当然では?」って思ってしまうような、「逆魅力」に満ちている。

 あともう一つ。この「自分のことの欲望を満たすだけ」というのは、実は「幸せになる条件である」という皮肉が透けている感じが印象深い。つまり、「誰もが自分の欲望を満たすこと」、つまり「身勝手さ」こそが、実は「ハピネス」なのだということを感じさせる。だって、誰かが人を殺したり、レイプしてたり、恋人に暴力を振っても、そんなことを気にせずに生きれるなら、そっちのほうが幸せだ。事実、この映画がハッピーエンドで終わるという事実こそ、不気味なくらいだ。

 そういう意味では、この映画が突きつけるのは、実はこういう感想を書いているときの「いい人っぷり」すら相対化してしまう威力を持っている。だって、精神科医が一番気の狂ったことをやるし(別に少年愛でもいいけど常軌を逸してる)、難民に仕事を教えようとする作家志望の女の子も「自分の身のことをまず心配したら?」と言われるのもそういうことだと思う。「お前、そんなこといってるけどそういうことが言える立場なの?」みたいな。

  だからこそ、最後にスタッフロールで高らかに歌うのだ。「Happiness, where are you? I've search so long for you」と!